心が震えている。
2010.07.14 Wednesday
ある人が亡くなられたと、福岡のギタリスト緒方さんから連絡があった。
ある人というのは、福岡でライブをするにあたってお世話になった奥村三郎さん。実際は、ライブをブッキングしてもらったからどうのというより、俺を勇気付け、応援してくれた人。打ち合わせと称して行った飲み屋さんでは、俺に出会った時の事と、そこから生まれた幸運な偶然の一致について、同じ話を何度も嬉しそうに話してくれた。いつも誰よりも元気に俺の事を褒めてくれたし、自分の友達や自分の事を誇らしげにしていた。
俺にとっては年の離れた新しい友達に巡り会えたようで、福岡に帰る喜びの一つだった。ある日、久しぶりにバーで会った三郎さんは痩せこけていた。
「最近、胃の具合が悪かっちゃんね。」
と言いながら、心配する俺にバーボンのボトルを一本押し付けて、自分はお酒に一切手をつけず、いつものように楽しそうに次回のツアーの話をしていた。
去年、伊原さんに来ていただいたミニツアー。その頃には三郎さんが胃ガンであることは判明していて、俺も気が気ではなかった。しかし、抗がん剤治療の合間を縫って、中洲「ステラ」のライブに来てくれた。伊原さんのピアノを大変喜んでくれて、俺も鼻が高かった。三郎さんを知るお客さんも、みんな病気の事には触れずに明るく振る舞っていたけれど、帰り際に我慢できなくなって俺が
「三郎さん、本当に心配です。何かあったらいつでも言ってください。」
と言ったら、苦い笑顔で
「ありがとね。でも大丈夫やけん心配せんでよかよ。」
と言った。エレベーターまで見送りに行ったけど、俺の視線が辛かったのか、また苦い作り笑顔で別れた。それが三郎さんの顔を見た最後の瞬間。あの時、俺はどうしたら良かったのかな。無理にでも明るく振る舞って、「きっと大丈夫」なんてわけもないセリフで別れれば良かったのかな。
俺が今まで至らないところや足りない力を抱えたままこの仕事をやってきたのは事実で、その全ては誰かにいつも助けられてきたし、誰かがくれた力が自分を押し上げてくれるからここまでやってこれました。三郎さんの死が今俺を敬謙な気持ちにさせているからそう思うわけではなく、それは全てただの事実。残念ながら俺は、天才でも特別な存在でも何でもなくて、ただの気の弱い不器用な一人の男でしかありません。けれども愛すべき人に育まれてきたし、尊敬できる先輩や仲間たちがいつでも俺を励ましてくれます。三郎さんは一度捨てたはずの故郷で出会った、大切な、そんな男でした。
この感謝を誰に伝えようか。この悲しみをどこにやろうか。俺に生きる力を与えてくれた全ての人にお返しができるのは、一体いつなんだろう。
三郎さん、俺はバカな男だし、頭は固いし、カッコつけだけど、三郎さんの想いを抱いて、一生をかけてこの仕事を頑張ります。天国の三郎さんが、俺との出会いを誇らしげに神様にも自慢できるような男になります。これは、命がけの約束です。
こんな話はここに書くべきでは無かったのかもしれないけど、葬儀にも参加できなくて、どうしようもなく書きました。心ない事もあるし、心ない事をする人はいるけれど、その全てはこの世の中のほんの一部でしかなく、少なくとも俺の知る世の中の真実を語るには、あまりにも貧弱な一部です。死してなお俺の心の幸せな一部になってくれている奥村三郎さんに、心から、本当に心からご冥福をお祈りします。
ある人というのは、福岡でライブをするにあたってお世話になった奥村三郎さん。実際は、ライブをブッキングしてもらったからどうのというより、俺を勇気付け、応援してくれた人。打ち合わせと称して行った飲み屋さんでは、俺に出会った時の事と、そこから生まれた幸運な偶然の一致について、同じ話を何度も嬉しそうに話してくれた。いつも誰よりも元気に俺の事を褒めてくれたし、自分の友達や自分の事を誇らしげにしていた。
俺にとっては年の離れた新しい友達に巡り会えたようで、福岡に帰る喜びの一つだった。ある日、久しぶりにバーで会った三郎さんは痩せこけていた。
「最近、胃の具合が悪かっちゃんね。」
と言いながら、心配する俺にバーボンのボトルを一本押し付けて、自分はお酒に一切手をつけず、いつものように楽しそうに次回のツアーの話をしていた。
去年、伊原さんに来ていただいたミニツアー。その頃には三郎さんが胃ガンであることは判明していて、俺も気が気ではなかった。しかし、抗がん剤治療の合間を縫って、中洲「ステラ」のライブに来てくれた。伊原さんのピアノを大変喜んでくれて、俺も鼻が高かった。三郎さんを知るお客さんも、みんな病気の事には触れずに明るく振る舞っていたけれど、帰り際に我慢できなくなって俺が
「三郎さん、本当に心配です。何かあったらいつでも言ってください。」
と言ったら、苦い笑顔で
「ありがとね。でも大丈夫やけん心配せんでよかよ。」
と言った。エレベーターまで見送りに行ったけど、俺の視線が辛かったのか、また苦い作り笑顔で別れた。それが三郎さんの顔を見た最後の瞬間。あの時、俺はどうしたら良かったのかな。無理にでも明るく振る舞って、「きっと大丈夫」なんてわけもないセリフで別れれば良かったのかな。
俺が今まで至らないところや足りない力を抱えたままこの仕事をやってきたのは事実で、その全ては誰かにいつも助けられてきたし、誰かがくれた力が自分を押し上げてくれるからここまでやってこれました。三郎さんの死が今俺を敬謙な気持ちにさせているからそう思うわけではなく、それは全てただの事実。残念ながら俺は、天才でも特別な存在でも何でもなくて、ただの気の弱い不器用な一人の男でしかありません。けれども愛すべき人に育まれてきたし、尊敬できる先輩や仲間たちがいつでも俺を励ましてくれます。三郎さんは一度捨てたはずの故郷で出会った、大切な、そんな男でした。
この感謝を誰に伝えようか。この悲しみをどこにやろうか。俺に生きる力を与えてくれた全ての人にお返しができるのは、一体いつなんだろう。
三郎さん、俺はバカな男だし、頭は固いし、カッコつけだけど、三郎さんの想いを抱いて、一生をかけてこの仕事を頑張ります。天国の三郎さんが、俺との出会いを誇らしげに神様にも自慢できるような男になります。これは、命がけの約束です。
こんな話はここに書くべきでは無かったのかもしれないけど、葬儀にも参加できなくて、どうしようもなく書きました。心ない事もあるし、心ない事をする人はいるけれど、その全てはこの世の中のほんの一部でしかなく、少なくとも俺の知る世の中の真実を語るには、あまりにも貧弱な一部です。死してなお俺の心の幸せな一部になってくれている奥村三郎さんに、心から、本当に心からご冥福をお祈りします。